真田家
AM7:00
真田家の朝は、朝食の香りただよう台所からはじまる。
湯気立つ味噌汁を温めつつ、薬味のねぎを軽快に切り刻む母、蓮二。
子供たちは、まだ起きてこない。
トントントンと規則的に階段を降りてくる音とともに、長男の比呂士がドアを開ける。
「おはようございます。」
「おはよう。比呂士。雅治はどうした?」
「今朝はすでにベットにはいなかったので、シャワーでしょう」
比呂士と雅治、ブン太と赤也は家の間取り上、同じ部屋を与えられている。
毎朝、きっちりと同じ時間に起きてくる比呂士と違い雅治は
遅刻ぎりぎりに起きる事が多いため、毎朝必ず比呂士が声をかけ起こしているが
たまにとても早起きだったりする。
それが今日だったらしい。
比呂士は、手近にある皿を取り、朝食の準備を手伝いながら、
いつもは威厳たっぷりで座っている父のことを尋ねた
「めずらしいですね。父さんはまだ起きていないんですか?」
「いや、弦一郎は厠だ。」
そんな話をしていると
足取り軽く、パタパタと廊下を走る音とともに
「おはよー。」
可愛らしい声で長女の精一が制服のスカートをたなびかせくるくると舞う
「今日も可愛い?お兄ちゃん。」
と、微笑まれれば比呂士でもコクンとうなずくしかない。
このとき顔が真っ赤だったのは、言うまでもない。
「お兄ちゃんってば顔真っ赤だよー」
なんて、朝から笑いあいながら精一も皿を並べようと手を伸ばした瞬間、
がちゃりと厠へと続く扉が開き、父、弦一郎が新聞を片手に出てきた。
自分の持ち歌(名声)を口ずさみながら、
「お?今日は干物か?くんくん。たまらん香りだな!」
などと、上機嫌だ。
すると、今まで可愛らしく微笑んでいた精一が一層笑みを深め
「えー?弦ちゃん先にトイレは入っちゃったのー?
駄目だよ。いつも臭くなるから最後って言ったでしょ。」
「…っ!?」
弦一郎は、その一瞬で上機嫌だった表情を固まらせた。
さらに
「ジャッカルだってちゃんと言う事は聞くのに、
弦ちゃんが言うこときかないんじゃ駄目じゃない。弦ちゃんはお父さんでしょう?」
「…ぐっ!?」
父親に向ってすごい言い草だか、鋭い人の悪い笑顔で、可愛い愛娘に言われたら
黙るしかない。
ていうか、後が怖くて何もいえない。
そのあとも、「ジャッカルは、ちゃんとお座りって言えば座ってるのに」とか
「この間、すごい持久力を見せて、一年坊に負けたどっかの負け犬もびっくり」だとか
にっこり笑顔で、言われ
「ビクッ!?」とか「グサッ!?」とか言う効果音が今にも聞こえてきそうだった。
その間も、精一の手は止まることなく、食器を並べていたと思うと、
窓の側まで歩いていき、
「ジャッカル。」と
庭から愛犬ジャッカルを呼び寄せ、頭をなでまわしていた。
かく言う、噂のジャッカル君。
今日も庭で、三男、ブン太が散歩に連れてってくれるのを待ちぼうけしていたところ
やっと散歩に連れて行ってもらえると喜んで、精一に駆け寄ってきたのに
頭をなでまわされ、「このツルツル感がいいんだよねー。」などと言われ
パタパタと振り回していた尻尾も今は垂れ下がっている。
バタバタと階段ものすごい勢いで駆け下りる音とともに
けたたましい声が聞こえる
「なんで、目覚まし止めるんだよ!アホ兄!!」
「はぁ?お前が止めたんだろい!赤也」
などと、怒鳴りあっているなぁと傍観していると。
バッーァタンとドアがものすごい勢いで開けられた。
その瞬間、父、弦一郎は、
いままで、精一にさんざん言われた嫌味など忘れたかのように、
立ち上がり、一言。
「たるんどる!!!!」
「朝っぱらから、くだらん兄弟げんかなどするな!!」
と、威厳たっぷりに言い放った。
「たるんどるのは、オヤジのズボンのゴムじゃ。」
何処からともなく、ジャンプーの香りと上半身裸の次男、雅治が軽くつっこんだ。
そして、みんなの視線が雅治の指摘したズボンに集中し、
垂れ下がったズボンから真っ赤なふんどしが見え隠れしていた。
「「「「「「「……。」」」」」」
『…なっ!?』
一瞬誰もが、無言になってしまったが次の瞬間には、
「ぶっ…はははははははははっはははははははははははっは」と
赤也、ブン太を筆頭に大爆笑していた。
必死に笑いをこらえようと、努力している比呂士をよそに
ブン太と赤也は、バシバシと机まで叩き、
雅治は、まだ濡れている髪を拭きながら、にやりと人の悪い笑みをつくり
蓮二は「そのズボンは履くなと言ったはずだが?」と呆れていた。
弦一郎は、顔を真っ赤にし、ぶるぶると震え
「人の不幸を笑うとは、たるんどる!!」
と再び言ったら、最後、ただ一人、今までと変わらずニコニコと笑っていた精一は
再び爆弾を落とした。
「弦ちゃんは、たるんどるって言いたいだけなんでしょ?」
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